ある時はエフェクターを偏愛するライター、またある時はフォトグラファー、そしてまたある時はバンドとともに世界を飛び回るギターテック、細川雄一郎。今回、日本のインストゥルメンタル・ロックバンド、MONOのギターテックとして北米〜南米ツアーに同行した筆者が、知られざる現地ライブハウスの様子や海外ツアーの実態を日記形式で綴ってくれました。ロサンゼルスからメキシコシティまで、全13回にわたる短期集中スペシャル連載スタート!

今日のヴェニュー “Pub Station”

[6月18日 18:45]
僕は、シアトルにある「Pike Place Market」という大きな市場の近くにあるスターバックスでコーヒーをすすっていた。バスはカナダのバンクーバーを離れ、次のライブ予定地であるモンタナ州のビリングスに向かう途中、一時的にシアトルに戻って来ていたのだ。そして僕は今、スタバにいるわけだが、ここはただのスタバではない。もう煩わしいぐらいそこら中にある普通のスタバとはワケが違う。ここは全世界に存在するスタバの総本山、世界一号店のスタバなのだ。――そう、恥を忍んでまた並んだのです。(※「世界のヴェニューから Vol.4」 参照)正直なところ、後悔があった。しゃらくせぇ、と口では言いつつも、本当は世界一号店のスタバに入りたかった。マグカップまで買った。日本で自慢します(日本に戻って来たときには割れてました…笑)

[20:20]
伝説のスタバからバスに戻ると、先日に別れたトムに代わってPAを務めるノエルが合流していた(写真は翌日の昼に撮影したものです)。ノエルはMONOの海外ツアーのPAを長らく担当しているエンジニアで、普段は主にDinosaur.JrのPAを担当しており、今回もDinosaur.Jrのツアー明けから合流したとのこと。そして、MONOのツアーが終わった後から、またDinosaur.Jrのツアーに参加するのだとか。御年63歳にして凄まじい働きっぷりだ。14歳の時からジミヘンのライブを3回も目撃し、人生最高のライブは1969年のIggy Pop、もしくは1980年代に見たThe Clashとのこと。日常では甘いものをこよなく愛すヘヴィスモーカーで、起きている間はタバコ、ドーナツ、コーラのいずれかを常に口にしている。

[6月20日 12:10]
ノエルを新たに迎えたバスは2日も移動を続けていたが(とはいえ、1日に何度か休憩を挟むし、深夜の寝てる間は停まっている)、今日初めてどこかに停まった。バスを降りると、そこには解りやすいぐらいの大自然が広がっている。空気が澄んでいて、空が高い。僕たちは屋根のあるヴェニューに向かっているはずでは。ここはどこかと、リボーに尋ねると、両手を広げて「America!!」とのことだった――子供か。

そんな中、目の前のワゴン車から大げさなライフルを手にした2人の警官と、全身オレンジ色の囚人服を身にまとった3人組が、手錠を繋がれた状態で降りて来た。美しい野山と囚人服、予期せぬ組み合わせだ。ここはどうやら長距離道路の途中にある休憩所のような場所で、ライフルにエスコートされた3人組もトイレに寄ったようだった。用を足してる時にいきなりあんな人たちが入って来たらビビるよな…今日のヴェニューまではあと30分ほどで着くとのことだった。

[14:00]
バスはビリングスに無事に到着していた。この地域に入ってタイムゾーンが変わったため、腕時計の時間を1時間遅らせなければならない。それにしても、今日のビリングスはメチャクチャに暑い。。。。これは、今回のツアーで初めてのことだ。逆に言うと、6月も後半に差しかかろうというのに、昨日までは毎日どこも涼しかった。夜は寒いぐらいだ。それが、今日は86℉とのこと。暑い。そして温度の単位が華氏なのが非常に解り難い(86℉→30℃)。搬入が済む頃には汗だくになっていた。

[15:20]
搬入が終わり、ステージのセッティングも終わり、サウンドチェックが始まった。今日のヴェニューはモンタナ州のビリングスという街にある「Pub Station」。この街は典型的な田舎街で、約18年間も海外で活動を続けるMONOも初めてライブをする土地だという。どんな人たちが来るのか、全く想像もつかない。

[16:40]
ヴェニューのすぐ近くに質屋があるようなので行ってみることにした。アメリカの質屋では様々なものが売られているが、大抵の場合、そこに中古の楽器も売られていて、稀にレアなヴィンテージエフェクターを見つけることもあった。今回もそれを期待して入店したわけだが、――ここは完全に武器屋でした。合計で100丁以上はあろうかという、ライフルと拳銃、実弾、マガジン、ナイフ。この辺りはベヒーモスモンスター)でも出るのだろうか。

興味本位で値札の一つを見てみると、オートマティックの拳銃は400ドルほどで売られていた。銃のコーナーを過ぎ、店の奥にはそれなりの量の中古ギターがあったが、どれも平均して400ドル以下。楽器より人殺しの道具が安いというのはいかがなものか。

[17:00]
近くの物騒な質屋から戻って来ても本番まではまだ時間があるようなので、洗濯をすることにした。普段は街にあるコインランドリーを使うことが多いが、今回のように洗濯機が置いてあるヴェニューも少なくはない。僕はおおよそ7~8日分の着替えを用意して来ており、1週間に1回ぐらいの頻度で洗濯をするようにしている。これはヨーロッパツアーでも同様だ。

[20:15]
LOWとのツアーが終わり、今日からはMONOの単独ツアーとなるわけだが、それでもほぼ全ての公演にオープニングアクトが用意されている。そして、そのバンドはMONOと接点の無い地元のバンドであることが殆どだ。今日のオープニングアクトはゴリゴリのメタルインストバンドで、始終ゲインの高い音楽を披露していた。このビリングスを中心に活動しているバンドなのだろう。持ち込み機材がやけに多かった。

[21:10]
MONOのライブが始まり、すぐに音質の傾向が大きく変わっていることに気付く。PAがトムからノエルに代わったからだろう。ラウドでハードコア、そしてオーガニックなノエルの音だ。トムの作る音が分離感に長けた綺麗な音だとすれば、ノエルの音は逆に密度の高い、大波のように迫って来る音だ。一歩間違えれば何を弾いているか解らない、メチャクチャなことになりかねないのだが、そこはそれぞれの楽器が聞こえる範囲で大暴れさせているように感じる。しかし、以前にも書いたアメリカならではの根本的な音の太さは、変わらずそこに感じている。

[21:40]
3曲目、「Dream Odyssey」の演奏開始直後、このツアー初めてのトラブルが唐突に起こった。演奏中、「ブツッ!!ブツッ!!」というノイズが会場に響いた。音はステージの中だけでなく、フロアにも聞こえている。ライブでの突発的なトラブルは本当に焦る。

僕はとっさに真空管アンプの故障を疑った。真空管アンプの真空管に異常がある場合、同様のノイズが発生する。そのノイズをマイクが拾い、フロアに出力しているものだと考えたのだ。すぐに(しかし、目立たないように)ステージ上にある各アンプの背面に回り込み、スピーカーに顔を近づけ、どのアンプからノイズが出ているかを探る。しかし、どのアンプからもノイズは聞こえない。それでもステージ上では例のノイズが不定期的に鳴っている。そのノイズを更によく聞いていると、Takaさん側のモニタースピーカーから鳴っているようだった。すぐさま、ミキサー卓を操作しているノエル、そしてヴェニューのサウンドガイの元へ走り、代わりのモニタースピーカーが用意できるかを聞くしかし、ノエル曰く、ノイズはピアノに繋がれたD.I.、もしくはそこに繋がれたケーブルからミキサー卓に届いているらしい。MONOはピアノの音をD.I.とアンプ(Twin Reverb)の両方から出力し、アンプにはマイクも立てているため、D.I.かアンプのどちらかが故障しても残ったどちらかでリカバリーできる。すぐにD.I.からの信号をミュートし、僕はD.I,が置いてる付近へ走ったが、その時点で曲はもう終盤に差し掛かっていた。

その後、演奏中に忌々しいノイズを聞くことは無かった。ピアノを使う曲がDream Odysseyの1曲だけだったということも不幸中の幸いだった。サウンドチェックの時にはそのようなノイズは全く起きていなかった。しかし、事前のチェックをより厳しくしていれば防げたことなのかもしれない。本番前のほんの僅かなことが、本番中には大きなこととなって現れる。それは良いことも悪いことも同じだ。もう思い出しくない、苦い経験だが、ここから何かを学んで、次以降のライブを完璧なものへ仕上げる糧にしなければならない。

※vol.6に続く

Photographs by Yuichiro Hosokawa
MONO Official Website

[vol.5] 世界のヴェニューから「Imperial」in Vancouver