ある時はエフェクターを偏愛するライター、またある時はフォトグラファー、そしてまたある時はバンドとともに世界を飛び回るギターテック、細川雄一郎。今回、日本のインストゥルメンタル・ロックバンド、MONOのギターテックとして北米〜南米ツアーに同行した筆者が、知られざる現地ライブハウスの様子や海外ツアーの実態を日記形式で綴ってくれました。ロサンゼルスからメキシコシティまで、全13回にわたる短期集中スペシャル連載スタート!

今日のヴェニュー “Imperial”

[6月17日 7:15]
早朝、「Border~, Border~(国境~、国境~)」というリボーの声が眠っていた僕たちを起こして回った。その声が示す通り、バスはカナダとアメリカの国境に停まっている。今回のようにバスで国境を越える際、国境付近にある検問所的な場所を通過しなければならない。そこでは全員がパスポートを持ってバスを下車し、国境警備員のいくつかの質問に答え、その間にバスの内部を別の警備員が調査する。彼らが探しているのは銃器や違法薬物だろうが、もちろん、そんなものあるはずない。その他にも、現金や商品(物販)の持ち込み量も制限されることがあるらしい。EU圏で国境を超える際には、このようなやりとりは少ないが、それでも東欧の一部では稀にリボーの「Border~, Border~(国境~、国境~)」が寝耳に聞こえてくることがあった。

[13:30]
次に目を覚ました時、バスはバンクーバーに着いていた。搬入までまだ2時間以上ある。少し空腹だったし、何よりもWi-Fiに飢えていたので、2ブロック先にあるらしいWi-Fiの聖地、スタバに向かうことにした。早速、バスを降りようとすると、リボーが「You like a drag?(クスリは好きか?)」と聞いてきた。いや、ド健康な僕は昔からバファリンすら飲まない。あ、バファリン知らないか。話を続けて聞いてみると、周辺は覚せい剤のバイヤーが多く、街にはヘロイン中毒者がウロウロしているとのことだった。「Lil funky around here, Beeeeeee careful.(ファンキーなやつが多いからマジで気をつけろよ)」と、リボーに念を押されて僕は1人でバスを降りた。カナダのバンクーバーがファンキーねぇ。

バスを降りてまず思った。あぁ、こりゃファンキーだわ。道を歩いている人のうち、5人に3人は目が泳いでいる。逆に見開いた目が1mmもブレず、ロボットのように直進していく人もいる。足がおぼつかない人もいる。自傷行為をしている人もいる。そこで感じる周りの視線から、この地域ではスマフォやカメラを不容易に見せない方が良いことを察知した。そういった理由で今日は街の様子が解りやすい写真を撮れていないが、ご了承ください。結局、スタバとの往復の間に多くのファンキーな人から声を掛けられることになったが、直接的に危険な目に合う事は無かった。

[16:00]
搬入の時間だ。今日は治安の悪い地域なので、リボーと代わる代わる見張り番をしながら、機材の盗難に細心の注意を払って搬入を行う。MONOが使うメインの楽器は全てヴィンテージ品だ。もし盗難されてしまったら代わりが無い。今まで通りのライブも、レコーディングもできない。それだけは絶対に避けなければならない。

今日のヴェニューはカナダ、バンクーバーにある「Imperial」。もう既に何度も書いている通り、バンクーバーの中でも貧しい地域に建てられているヴェニューだ。この地域はチャイナタウンの一角で、ヴェニューの内部でもエキゾティックでアジアンな謎の物体が散見できる。

フロアの壁には巨大な兵馬俑のような像が計6体も飾られている。この他にも同様の像の顔などが無造作に、そこはかとなく置かれている。とはいえ、宗教的な何かや、歴史的な何かを強く押し付けているような感はなく、謎の像と目を合わせなければ、広くて綺麗な良いヴェニューだとしか思わない。

[18:50]
MONOのメンバー、リボー、僕とで晩飯を済ますことになった。ヴェニュー近くにあるベトナム料理店へ向かうが、やはり途中で”イロイロな人”を見かける。今日のライブはどんな人が来るのだろうか。少し不安になる。

ベトナム料理店に着き、僕が頼んだのはベトナムカレー。日本、イギリス、インド、タイなど、国によってカレーの特徴は様々だが、ベトナムカレーなるものを食べるのは初めてだった。メニューには”Served with bread or vermicelli(パンかヴェルメチェッリを選んでください)”の記載があり、僕は得体の知れなかったヴェルメチェッリを選んだ。

その後、10分ほどでテーブルに運ばれてきたのは、サラサラのカレーの中に細切れの麺が入れられた食べ物。あとで調べてみると、ヴェルメチェッリはパスタの一種のことだったが、実際は茹ですぎた素麺のようだ。こ、これがベトナムカレーなのか・・・? カレー味のカップヌードルを規定の倍の量のお湯で作り、少量の牛乳を加えて13分放置したような状態だ。まぁ、でもカレー味なら何でも美味いよね、やっぱり。

[23:35]
今回のツアー中、最後となるLOWの演奏が終わり、MONOの演奏が始まった。始まった時間はかなり遅いが、スケジュール通りだ。今日歩いた街の雰囲気から、どんな人たちが来るのだろうかと心配だったが、取り越し苦労だった。どことも変わらない、純粋な音楽ファンで会場はほぼ満員だった。

[0:45]
MONOの演奏終了後、Takaさんが少し長めにMCをした。来てくれたファン、そしてLOWへの感謝を丁寧に述べていた。今日のいつぞやか、楽屋でLOWのアランが「Can I ask you?(ちょっといい?)」とTakaさんに話しかけていた。続けて「What’s the name of song you always play 1st?(いつも初めにやってるあの曲って何て曲?)」と聞いている。どうやら、セットリストの1曲目である「Ashes In The Snow」がどのアルバムに入っているかを知りたかったらしい。Takaさんは満面の笑みでアランを物販に案内し、Ashes In the Snowが収録されているHymn To The Immortal Windのヴァイナルをプレゼントしていた。LOWはTakaさんが昔から敬愛しているバンドの一つで、そのLOWの中心人物が自分たちの曲に興味を示してくれたことが本当に嬉しかったのだと思う。もし自分の立場に置き換えたら、その喜びはすぐに理解できる。なんとなく、僕も嬉しくなるような出来事だった。

[3:00]
全ての搬出が終わったあと、リボーを除く全員で写真を撮った(リボーは物販の清算中だった)。今日でLOWのメンバー、そしてライティングのコリー、PAのトムとはお別れだ。それぞれが別のツアーに着く。全員が音楽の尊さを共有することができる、素晴らしいチームだったと思う。全員と積もる話(といっても僕の場合はエフェクターの話ばかりだった)を少しづつして、全員が次に進むべき路へ向かった。僕も別れを惜しみつつ、数本の瓶ビールを空けて、気分良く眠りに落ちた。

[6:30]
眠りについて僅か1時間半後、聞き覚えのある「Border~, Border~(国境~、国境~)」という声で目が覚めた。

vol.6に続く

Photographs by Yuichiro Hosokawa
MONO Official Website

[vol.4] 世界のヴェニューから「Neptune Theatre」in Seattle