ある時はエフェクターを偏愛するライター、またある時はフォトグラファー、そしてまたある時はバンドとともに世界を飛び回るギターテック、細川雄一郎。今回、日本のインストゥルメンタル・ロックバンド、MONOのギターテックとして北米〜南米ツアーに同行した筆者が、知られざる現地ライブハウスの様子や海外ツアーの実態を日記形式で綴ってくれました。ロサンゼルスからメキシコシティまで、全13回にわたる短期集中スペシャル連載スタート!

今日のヴェニュー “Neptune Theatre”

[6月16日 10:30]
今日の起床は早い。早い、って言うほどでもないが、時差ボケを引きずる身としては十分に早い。しかし、前日にTakadaさんとスタバの世界一号店へ行くことを約束をしていたので、自然に目が覚めた。スタバの世界一号店に行った、という事実は、後生ずっと使えるネタになる。どこで誰に言っても有効な魔法のセンテンス、「あ、俺、スタバの世界一号店に行ったことあるよ」を手にいれるため、嬉々として伝説のスタバへ向かった。

[11:15]
スタバの世界一号店は”Pike Place Fish Market”という大きな魚市場の近くにあった。その外観は今でもクラシカルな造りを残しており、中途半場にモダンな造りの他店舗よりむしろシャレオツ、十二分に雰囲気のある店構えだった———が、店の外まで続くオーダーを待つ人たちの行列が、それをぶち壊していた。50人近くは並んでいるだろう列を見て、ついつい「んなアホな」とニセ関西弁が漏れてしまう。とはいえ、タクシー代までかけてここまで来たのだ。引き返すわけにはいかない。僕たちも意を決して長い行列の最後尾に並び、列が進むのを辛抱強く待つ。はずだったが、15秒で考えを改め、「並んでまで薄いコーヒーなんぞ誰が飲むか!」と、少し毒づいたでから、近くにある別のスタバに入った。

[13:50]
世界一号店であるスタバの近くにある、別のスタバで薄いコーヒーを飲み、ヴェニュー近くに停まっているバスに戻って来ていた。そして予定の時刻に搬入が始まる。今日のヴェニューガイズも気さくであり、そしてマッチョであり、絵に描いたような気の良いアメリカ人たちだ。

今日のヴェニュー「Neptune Theatre」は1921年に建てられた建物で、今も古い劇場の雰囲気を残す美しい会場だ。キャパは約800人。2階席からの見晴らしが良く、石造りの内装が作る音響も美しい。

[15:30]
MONOのサウンドチェックの最中にLOWが到着し、メンバー、そしてその家族が和やかな雰囲気で会場に入って来た。各々が楽屋へ向かう中、アランだけがサウンドチェック中のYodaさんに近づき、ペダルボードを注意深くチェックしていた。あとでアランと話してみると、Yodaさんが使うパワーサプライが気になっていたらしい。アランは100V~240Vで使えて、小型で軽量のパワーサプライを探しているらしく、YodaさんとTakaさんのペダルボードに採用されているパワーサプライ、フリーザトーンのPT-3Dはアランの要求にまさに打って付けだった。PT-3Dを動かすアダプターはスイッチング電源のため、プラグの形状さえ合わせれば世界各国で使用できる上に、使用電流量が多いエフェクターも動かし、更に音も良い。以上のことと、残念ながら日本でしか手に入らないことを僕はアランに伝えた。この先、日本に来ることがあれば、購入するのかもしれない。

[18:15]
会場の近くにMONO御用達の楽器店があるらしく、サウンドチェックの後にYodaさんがそこへ案内してくれることになった。ツアー中、僕はなるべく多くの楽器店へ行き、ヴィンテージエフェクターを物色することを何よりの喜びとしていた。前回のアメリカツアーでは、ずっと探していたオリジナルのTONE BENDER PROFESSIONAL MK.IIを発見、購入し、今でもそのことを思い出すと恍惚状態になる。「早くトン子(※先述のTONE BENDERのこと。Tamakiさん命名)に逢いたい」、そう想うことがツアー中もしばしばある。そういう病なのだ。今回はどんなエフェクターに出会えるだろう。いつも期待して楽器店の扉を開ける。

今日のヴェニュー、Neptune Theatreからほど近い楽器屋、TRADING MUSICIANの扉を開けると、天使のような子供が無邪気に走り回っていた。その子供の近くにいる、美しい老婦人が連れて来ているようだった。アメリカ各地の楽器店を回って思うことだが、お客さんの年齢層の幅が広い。下は10歳くらい、上は80歳ぐらいまでの男女、まさに老若男女を店内で見かける。僕は東京にある大手楽器店の2店舗に合計で約10年間務めていたが、見かけるのは20~40代の男性が殆どだった。そもそも、日本では音楽を演奏する、バンドを組むということは、アメリカよりもずっと敷居が高い。物価が高く、練習できる場所が少なく、圧倒的な音楽体験も極々限られた場所にか存在しない。社会に出てバンドを続ける人間に対して、周りからの目がなぜか温かくないことも多い。それだけに、日本で自分の音楽を”本当に”貫き通している人は、有名無名関わらず尊敬されるべきミュージシャンであると思う。そういった人たちは日本だけではなく世界を見るのも良いのかもしれない。まさしくMONOのように。

話がそれてしまった。僕がショウケースに陳列された1980年製のTS-808(DCジャックのナットが外付け、JRC4558Dを搭載した仕様)を、それこそショウケースに穴が空きそうな目つきで見ていると、1人の店員が話かけてきた。「You play in this city tonight?(今夜この街でライブする?)」、それに対してYodaさんが「Yeah.(はい)」と答えると、「Are you MONO?(MONOでしょ?)」と聞いてきた。やはり、MONOの名前はアメリカでも有名なようだ。今日行った魚市場でもTakadaさんが路上のジュース屋に声を掛けられ、「I’ve seen your show a couple of times .Most incredible experience!! (MONOのライブは何度か見たことあるけど、素晴らしい体験だったよ!!)」とジュース屋が声を荒げていた。そして、ジュースが無限にオカワリできるようになった。MONOが言葉や距離を超えた凄いバンドであることを再確認する出来事だった。

[19:00]
結局、TRADING MUSICIANで目ぼしいものは見つからず、しぶしぶ店を後にした。しかし、検討の末に購入に至らなかっただけで、目を惹くものが無かったわけではない。特に、店の奥にあったFender 400PSというアンプには心を揺さぶられた。この400PSは1970年に生まれた、限られた界隈では伝説のアンプで、僕も実物を見たのは初めてだった。このアンプがなぜ伝説と化しているかというと、世界でも一、二を争う、異常なまでに出力の高い(音がデカイ)アンプとして知られているのだ。パワー段に6550が6本。その出力、なんと435W RMS。重量は38kg超。アホです。

[22:30]
LOWのステージからMONOのステージへの転換が終わり、MONOの演奏がスタート。僕はいつも通りステージ脇からメンバー全員を見守っていたが、何気なく手を付いていた壁を見ると、そこには禁煙を意味する張り紙があった。しかし、それはタバコを吸うなという意味だけを表しているのでは無い。

タバコだけでなく、マリファナも禁煙、と書かれている。ここシアトルがあるワシントン州ではマリファナ吸引が合法のため、わざわざこういった張り紙があってある。強く、異文化に触れた気分になった。

この後もライブは難なく進み、無事に終了。マッチョでタトゥーバリバリなヴェニューガイズのお陰で搬出もスムーズ。今日も良いヴェニューだった。

vol.5に続く

Photographs by Yuichiro Hosokawa
MONO Official Website

[vol.3] 世界のヴェニューから「Wonder Ballroom」in Portland