ある時はエフェクターを偏愛するライター、またある時はフォトグラファー、そしてまたある時はバンドとともに世界を飛び回るギターテック、細川雄一郎。今回、日本のインストゥルメンタル・ロックバンド、MONOのギターテックとして北米〜南米ツアーに同行した筆者が、知られざる現地ライブハウスの様子や海外ツアーの実態を日記形式で綴ってくれました。ロサンゼルスからメキシコシティまで、全13回にわたる短期集中スペシャル連載スタート!

今日のヴェニュー“Central United Church”

[6月22日 12:50]
ビリングスでのライブを終え、僕らはカナダ西部にある都市、カルガリーに向かっていた。そう、先日にバンクーバーから戻って来たばかりというのに、またカナダの国境を越えるのだ。もはやカナダ国境検問所の常連である。パスポートにはカナダのスタンプがバシバシ増えていくが、パスポートといえば、MONOのメンバーのパスポートが凄まじい。毎年多くの海外公演を繰り返しているため、MONOのメンバーのパスポートはVISA欄(スタンプを押すページ)が足らず、有料でページを増やしてもらっているらしい。しかし、それでもまだページが足りず、いよいよパスポートを作り直さなければならないとのこと。

[13:00]
いつも通り国境通過の手続きを待っていると、防弾チョッキ、拳銃を始めとする、イカツイ装備をまとった露骨にパワー系の警備員が近づいて来た。密輸、不法入国は一切見逃さない、そんなことを感じさせる厳しい目をしている。しかし、その手にはプリントしたてホヤホヤのMONOのアーティスト写真が握られていた。実は、彼はMONOの大ファンで、どうしてもサインが欲しいため、国境検問所のプリンターを使ってまでMONOのアーティスト写真をプリントアウトして持って来たのだ。それならそれで、僕たちのことをもう少し丁寧に扱って欲しいものだが、なんにせよ、国境でもサインを求められるMONO、さすがである。

[18:45]
国境からしばらく走り、カルガリーに到着した。カルガリーは東京の丸の内や大手町のようなクールなオフィス街だった。様々な企業のオフィスビルがあちらこちらに建っている。ウィキペディアで調べてみると、カルガリーはカナダ有数の世界都市であるらしい。このカルガリーで毎年行われている大型ロックフェス、”Sled Island Festival”に今年はMONOが出演するのだ。同フェスは都市内にある10箇所の会場で5日間に渡って開催され、音楽以外にも様々なアート作品が披露される。出演者の音楽ジャンルも様々だ。

まずは宿泊予定のホテルにチェックインを済ます。そこはかなり大きく、豪華なホテルだったが、Sled Island Festivalの出演者が泊まるために用意されたホテルのようで、ロビーには出演者のための受付があり、開催中に有効なステージパスや、その他の資料を受け取る部屋も用意されていた。僕たちは今日、明日の2日間、ありがたいことにこのホテルに泊まることになっている。

[23:30]
Sled Island Festivalのスケジュールを確認すると、今日はハードコア/マスコアバンドのConvergeが出演するようだった。出演者、関係者はどの公演も観覧できるパスを渡されているため、試しに覗きに行ってみることにした。会場には既に多くの人が詰めかけていて、フロアの中心付近はメジャーリーグの乱闘さながらの肉弾戦が繰り広げられていた。結局、僕もエライことに遭う前に、足早に会場を後にし、ホテルでウダウダしていた。

[6月23日 13:00]
日が明けてMONOの本番当日。まずは機材を持って公演予定のヴェニューへ向かう。そこは一般的なヴェニューではなく、「Central United Church」という教会だった。僕は教会でバンドのライブを見るのは初めてだが、教会の清らかな雰囲気がMONOの音楽性にも合うような気がして、期待が高まる。

[15:45]
MONOのサウンドチェックが始まる。今日はアンプ類とドラムセットが全て会場に用意されたものを使用しなければならないことになっている。こちらから使用機材に関するリクエストは事前に出しているため、それが反映された機材が届いていたが、それでも普段と全く同じというわけではない。同じアンプでも音がいつもとは少し違うし、ドラムもTakadaさんが普段使用しているヴィンテージで統一されたセットではない。それに加え、教会ならではの音響、天然のホールリバーブとも言うべき残響が演奏を難しくしているようだった。クリーンサウンドやスネアの高域は美しく広がるが、ディストーションサウンドやバスドラの低域は会場全体に回ってしまう。

こんな聖なる場所で破壊的なディストーションサウンドが鳴らされるなど、当時に建物を設計した人は全く意図していないだろう。何か不都合が起こるのは当たり前かもしれない。MONOのメンバーは演奏を繰り返し、ノエルと幾度もの擦り合わせをしながら、モニター、PA環境を整えていく。

そんな中、ステージ脇ではリボーが非常に熱心に仕事をしていた。足乗っけてるそのアンプ、他のバンドのですけど。

[20:20]
本番直前。会場は満員を超えた満員だった。椅子席の数は足りず、様々な場所に人が回り込んでいる。通常、会場に人が入れば入るほど、その人たちが吸音材の役割となり、音の反射、低域の回り込みが減る。それは、サウンドチェックの時に回っていた低音をうまくかき消してくれることもあれば、反射音が無くなり、ステージ上に聞こえていたはずの他メンバーの演奏すらも消し去ってしまうこともある。初めての会場であれば、どちらに転ぶかは演奏を始めてみないと解らない。

[20:30]
本番が始まった。ディストーションギターやバスドラムの低音は満員の客席に吸われ、サウンドチェックと時と比べて音が引き締まっている。余計な低音が無くなったことにより、クリーンサウンドの高域にかかるホールリバーブの響きはより一層際立ち、一般的なヴェニューで聞ける音とは大きく異なる、神々しい質感だ。一時期、中世の賛美歌にハマって、教会で録音された音源を聴き漁っていたが、まさにそこで聴けるような聖なる響きで、それは明らかにMONOの音楽性を強くブーストする音響効果だった。

[23:00]
最後の一音が消えた瞬間、満員の観客全員からのスタンディングオベーションがMONOに贈られた。それほど素晴らしいライブだったし、幾度となくMONOのライブを見てきた僕としても、同じ思いだった。終演後、ピンク色のSled IslandのTシャツを着た大量のオフィシャルスタッフ達のおかげで、搬出もスムーズに終え、翌朝6時45分にホテルのロビーに集合ということを話し合い、各々が静かにホテルの部屋に戻っていった。「明日、朝早過ぎないっすか」、本当は僕以外のみんなもそう思っていたはずだ。

※vol.7に続く

Photographs by Yuichiro Hosokawa
MONO Official Website

[vol.6] 世界のヴェニューから「Pub Station」in Billings