第1回の「新時代の映像制作 虎の巻」(リンク)では、マルチスクリーン技法の紹介と、チームでの映像制作のポイントである「役割」の大切さ、そして企画立案でハマりがちな「コンセプト」「テーマ」「モチーフ」についての解説を行いました。第2回は「撮影編」。マルチスクリーン技法の具体的な撮影方法のコツや技術・ノウハウをより効率的に身につける方法をお伝えします。

こんにちは。映像界の平賀源内ことガレージ高井です。
今回の特別講義はズバリ<撮影編>。

より具体的に「マルチスクリーン技法」の撮影方法をレクチャーしますね。

マルチスクリーン技法のワークフローとして、撮影は「素材撮影」「本撮影」の2つの工程を踏む必要があります。
素材撮影ではスマートフォンやタブレットなど、並べたり動かしたりするデバイスに”表示するための映像”を収録します。素材撮影に使用するカメラはスマートフォンのカメラアプリを利用します。

その後、実際にデバイスを並べた時に1本の映像としてつながるよう素材を編集して、いよいよ本撮影。ビデオカメラや一眼レフカメラで、映像が表示されたデバイスを撮影し、最終的な作品に仕上げます。(図1参照)

マルチスクリーン技法のワークフロー。撮影が2回以上必要になるため、プロジェクトの進め方に注意しよう。

素材撮影のポイント

ここからは具体的な例を見ながら、撮影のポイントについて学んでいきましょう。次のコンテにあるような映像を撮ってみましょう。

複数台のスマートフォンを並べ、その中を人物が走り抜ける。使用するスマートフォンは合計5台。それぞれをタイミングよく動かし、中身がつながるように見せなければならない。

各スマートフォンに入れるための「素材撮影」のポイントはズバリ、“速度を合わせること”と“サイズを合わせること”です。複数台のデバイスを並べた時に、動く速度がそれぞれで大きく違ってしまったり、サイズが大きく変わってしまうと全体の流れが繋がらなくなってしまいます。作品演出の中で速度やサイズを変えるという狙いがある場合を除き、単純な動きの表現は速度・サイズは統一したほうがスムーズなマルチスクリーンとなります(図2)。

素材撮影を始める前に、被写体からカメラまでの距離をきちんと測っておくこと(図3)。被写体の動く速度を合わせるためには、例えば左から右に被写体がフレームイン・アウトする場合は“フレームインしてから○秒でフレームアウトする”といったように約束事を決めておくと良いです。カメラアプリのファインダー上で、どこからどこまでが写っているのか、被写体が入り込むスタートラインと出て行くゴールラインに目印をつける“バミり”も重要になります(図4)。

1・2・3のそれぞれのデバイスに表示される映像の速度・サイズを合わせておかないと、最終的につながりのないものになってしまう。

撮影をする際は被写体からカメラまでの位置を把握しておくこと。巻き尺を必ず持って行こう。

フレームインからアウトまでの時間を測り、ストップウォッチでカウントを取りながら撮影を進めていくと良い。撮影されている本人(被写体)は自分がカメラに写り込む位置がわからない。バミりは撮影の基本です!

“プロトタイピング”で、「わからないこと」を”洗い出し”、”絞り込む”

先ほどのコンテを参考に、実際に作品を制作しようとすると、

・画面内を移動するタイミングはどうする?
・1画面のサイズはどれくらいにする?
・どんな動き方なら面白い?
・それぞれのデバイスに入れる映像はどう編集する?
・複数台を同時に再生するのはどうやる?
・本撮影ではどうやってデバイスを動かす?
・デバイス自体を撮影するにはどうする?

などなど、制作に当たっての“わからないこと”が山ほど出てきます。これらを一気に解決しようとすると、ちょっと大変すぎますよね。マルチスクリーンのような緻密な積み重ねが必要な場合は、行き当たりばったりでは失敗してしまいます。そこで大切なのが“プロトタイピング”。

つまり、実験・試作です。いきなり本番に取り組むのではなく、まずは試作を繰り返して“わからないこと”をひとつずつ解決していこう、というものです。早期に問題点が見えるため、新しいことをやるにはすごく効果的です。特に、失敗を事前に経験することができるのが大きなメリットになります。

プロトタイピングのコツは“数々のわからないことからひとつだけを集中して実験する”ということ。例えば“画面内を移動するタイミングはどうする?”だけを解決するためにプロトタイピングを行います。その場合、やるべきことは次の通り。

<画面内を移動するタイミングを解決するプロトタイプ>

・画面内を移動するタイミングを「3秒」「5秒」「8秒」のパターンで試してみる
・1画面のサイズはどうでもいい
・動き方もどうでもいい
・撮影対象は人物でもモノでもいい

このように、知りたいことを絞り込んだら、それ以外のこだわりをすべて捨てることがポイントです。そのプロトタイピングがうまくいったら次の“わからないこと”に移ります。上記で言えば、「3・5・8秒のどれがベストか」さえわかればそのプロトタイピングは終了です。プロトタイプ(試作)とは、ひとつではないのです。知りたいことの数だけ試作を繰り返す。短いスパンで実験を繰り返すことが大切です。

<プロトタイピングのポイント>

・プロトタイプはひとつではない
・“何を”プロトタイピングするのか、複数のわからないことの中からひとつを選ぶ
・選んだもの以外はこだわらない。絞り込んだポイントだけは丁寧に作業する
・知りたいことがわかったら即終了
・実験→検証→フィードバックで1ターン。このスピードがもっとも大切

この“プロトタイピング”はTMSの授業では全員が取り組んでいます。プロの現場では、いちいちプロトタイピングしながら仕事を進めることはほとんどありませんが、短期間・少ない現場回数でも多くの経験値を得られる方法としてオススメですよ。新しい技法やアイデアに取り組むときに“実現のために何を解決するか”が予想できるようになりますので、ぜひ一度試してみてくださいね。

本撮影のポイント

スマートフォンで素材撮影を終えたら、本撮影の前にいったんそれぞれの素材を編集する必要があります。ここで最も重要なのは“デバイスを並べて表示する際のタイミングを計算して素材をつなぐ”ということ。ちょっとわかりにくいですね。以下の図をご覧ください。

3台のデバイスを並べて、一斉に動画再生をスタート。人物が左から右に歩いて行く。デバイスを先へ先へと並べ直して遠くまで歩かせる、という映像を作る場合は、デバイスの動きはこの図のようになります。リレーのように次々と並べ直すのですが、1・2・3それぞれで再生される映像は次のようになります。

横軸が時間、縦軸がそれぞれのデバイスです。仮に歩き始めから15秒でゴールする場合、それぞれのデバイスに入れるべき映像はこのように”歯抜け”のものになるんです。例えばデバイス1の映像が表示された後、2・3の映像が終わる前に次の場所へ1を移動させなければなりません。移動後、3の映像が終わる瞬間に1が再度表示される…というややこしいことをしなければなりません。デバイスの台数が増えれば増えるほど、この工程は複雑になります。編集でミスをしないためにも、どのデバイスに何の映像をどのタイミングで挿入するのか、ということをしっかり資料にしておくといいでしょう。

編集が終わったら、いよいよ本撮影です。本撮影のコツは“照明の写り込みなどに気をつけること”そして“成功するまで練習を繰り返すこと”です。スマートフォンなど光るものを撮影する場合は、背景の明るさと画面の明るさが同じになるようにライティングを調整しましょう。デバイス移動の担当者は、誰がどのデバイスを扱うのかをしっかり決めておきましょう。デバイスにはそれぞれ番号を振ったり、名前をつけておくと混同しなくて済みます。

また、練習を繰り返している間に充電切れで撮影断念。なんてことも多々ありますので、空いた時間には即チャージができるように充電器をお忘れなく。Google driveなどに素材映像のファイルを置いておくと、いざという時に代替機を利用することができるので便利です。

本撮影の様子。マルチスクリーン技法の場合、1カットで撮影したほうが面白さが際立つことが多い。そのため成功するまで何度も挑戦。時にはテイク数が50を超えることも…! すべてが上手くいった瞬間はメンバーから歓声が沸き起こります。青春!

最初のコンテを映像化したものがこちら。それぞれの画面に映った人物のサイズや、画面のつなぎ目での移動速度が揃っているので、とてもスムーズなマルチスクリーン映像が出来上がった。

速度を合わせる、サイズを合わせる。この2つをきちんと意識しながら、学生たちの撮影実習がスタートしました。前回の記事でもお伝えした“役割”をメンバー全員がしっかりと意識して制作が進んでいきます。

【Aチーム】綿密な打ち合わせと息の合ったチームプレイ

詳細なコンテやデバイスの配置図を作成。チーム全員が“何をどう撮影するか”をきちんと理解するまで話し合って進めていく。

素材撮影の様子。スマートフォンだけでなく、テレビモニタもマルチスクリーンに応用できる。

本撮影の様子。1カット長回しの大事なシーンだ。監督は常にモニタを見ながら、カメラマン・ADに指示を出していく。

【Bチーム】都内のさまざまな観光地を飛び回りロケ

衣装も手作り。映像はカメラと編集の技術のみならず、美術系・音楽系の素養も求められる総合芸術だ。

都内各地を飛び回り素材撮影を敢行。バリエーション豊かな映像素材が集まった。

【Cチーム】ミニチュア撮影に奮闘!独特の世界観を表現できるか!?

人物ではなく、モノを動かして素材撮影を行うため、動きや位置の確認はよりシビアになる。

画面に映るものをすべて自作する。図工の時間のように楽しく進むが、次第に締め切りが迫ってきた。

本撮影の様子。ビー玉が大冒険する様子をしっかりとカメラに収めていく。

さて、次回はいよいよ“完成編”です。発表会の様子を交えつつ、2ヶ月間、必死に制作してきた学生作品をご覧いただきます。講義パートでは、プロジェクト終了後の“正しい振り返り”の方法を伝授。さらに、監督たちの座談会もお届け! ボリューム満点の最終回、ご期待ください!!

■プロフィール
高井 浩司(たかい ひろし)
1980年4月14日生まれ。映像制作会社経営を経て2013年8月より「ガレージ」を屋号として独立。科学技術×文化をテーマに映像・雑誌編集・イベント運営・電子工作などアウトプット不問で活動中。東京工芸大学芸術学部 インタラクティブメディア学科 非常勤講師。TMS東京映画映像学校 講師。
http://garagewall.tumblr.com