ある時はエフェクターを偏愛するライター、またある時はフォトグラファー、そしてまたある時はバンドとともに世界を飛び回るギターテック、細川雄一郎。今回、日本のインストゥルメンタル・ロックバンド、MONOのギターテックとして北米〜南米ツアーに同行した筆者が、知られざる現地ライブハウスの様子や海外ツアーの実態を日記形式で綴ってくれました。ロサンゼルスからメキシコシティまで、全13回にわたる短期集中スペシャル連載スタート!

今日のヴェニュー “Gabe’s Oasis”

[6月27日 14:45]
なんの心の準備もないまま、搬入が唐突に始まった。今日の搬入は16時を予定していたが、バスの駐車スペースに時間的な制限があり、バスがヴェニューの横に停まったその瞬間から搬入が始まった。あまりにも搬入が唐突であったため、写真に残せなかったが、バスからヴェニューの入り口までは25度近い傾斜の坂道が100mほど続き、そしてその坂道を終えた先には1.5階分の階段が待っていた。タンクトップからバリバリのタトゥーが入った太い腕が見える、いかにもタフそうなヴェニューガイも助けに来てくれたが、見かけとは正反対に根性がなく、やんわりと戦力外通告をしておいた。

[15:50]
ドタバタ搬入劇が終わり、いつものようにサウンドチェックの前にギターの弦を替えるわけだが、今日はそれ以外にもやることがある。今日まではバスでアメリカ、カナダを巡って来たが、明日は飛行機でメキシコへ移動する。それに備えてエフェクターのスペアや消耗品関係の荷物を最小限にまとめるのだ。

僕は今回のツアーに様々なブツを持ち込んでいる。ドライバーやレンチなどの基本的な工具に加え、電子機器の修理に不可欠なマルチテスター、ハンダごて、そして修理用のパーツとしてエフェクターのスイッチ、ジャック、一般的なトランジスタ、プラグ、3m分のケーブルも用意している。つまり、その気になればツアー中にエフェクターの修理や、ケーブルの製作もできる。その他にも、全メンバーが共通して使っているボスのエフェクターや、フリーザトーンのパワーサプライ、ケーブル類などのスペアを用意している。

それに加え、ライブ中の唐突なトラブルに対応するための工具や、緊急用のグッズを常に持ち歩いている。特に、様々な箇所に対応可能なフリーザトーンのソルダーレスケーブル、そして自作品であるアダプター端子に入力可能な9V電池は、エフェクターの急なトラブルに本当に役立つ。前回のヨーロッパツアーで実際に活躍した品々だ。

また、ヴィーハというドイツの工具メーカーが作る”System 6″シリーズのドライバーも持っていると特に便利だ。一般に言うところの差し替え式ドライバーだが、差し替え用シャフトのバリエーションが多く、シャフトの長さも自由に調節できる。僕は両端で大きさの違うプラスとマイナスのシャフトを持ち歩き、様々なシチュエーションで役立ってくれている。3年前、ドイツはケルンで行われた世界最大の工具の見本市、”International Hardware Fair”に単独潜入を果たした際に同社のブースで見つけ、個人的に本社への輸入を交渉していたのだが、最近になってようやくアジア全域へ輸入が始まり、大手の通販サイトで購入が可能になっている。ただし、現時点で並行して出回っている旧型のSystem 6シリーズは絶対にオススメしないので、そこには注意してほしい。

[16:30]
サウンドチェックが始まった。見ての通り、ここはいかにもアメリカのヴェニュー、という雰囲気である。今日のヴェニューはアイオワ州、アイオワシティにある「Gabe’s Oasis」。規模が大きくて綺麗なヴェニューも良いのだが、このGabe’s Oasisのように、アメリカの空気、文化を強く感じられるヴェニューも好きだ。何も知らずにフラッと寄っても良い音楽が聴けそう、そう思わせるヴェニューである。

天井には謎の糸?、紐?、しらたき?が絡みまくっている。大量に風船を上げて、そのまま放置しているのだろうか?それとも、ライブ中にしらたきを投げ合うような争いがあったのだろうか?とにかく、だらしなさ全開だ。(ライブが始まった瞬間にこの謎の線状物体の正体が解る)

ステージとは反対側の奥にバーカウンターがあり、主にアメリカ産の銘柄ではあるが様々な種類のドリンクが用意されている。ヴェニューのオープン前である今はバンド用にケータリングが用意されており、ドライバーのトミーがつまみ食いをしていた

ステージの下の階にはもう一つバーカウンターがあり、アーケードゲームやビリヤード台が設置されていた。アメリカのヴェニューにアーケードゲームとビリヤード台が設置されていることは珍しくはなく、Yodaさんとリボーはライブ前にビリヤードをしていることが多い。

ビリヤード台の周りには過去にこのベニューで行われたライブのポスターが多く飾られており、その中にはMONOのポスターもいくつかあった。2016年、MONOはShellacとのツアーでこのベニューを訪れており、その際に作られたポスターは特に目立つ所に飾られていた。そこにはそれぞれのバンドのメンバー全員のサインも添えられている。

[17:00]
メシだ。腹減った。僕たちの「腹減った」を何度も聞かされているチェコ人のリボーも、いよいよ「ハラ、ヘッタ」と、並々のイントネーションで発音できるようになっている。僕以外の全員は日本食を求めて街へ消えて行ったが、僕はどうしてもハンバーガーが食べたくなり、グーグルさんに良さげな店を聞き、入る事にした。お店の名前は「THE MILL」。1961年からあるらしい。

キタね、このツアー中でのベストバーガー。ミディアムレアに焼かれたパテから溢れる肉本来の力強い味わい、そこに痛烈なアクセントを加える溶けたスモークド・ゴーダチーズと特製のピクルス、そして絶妙な焼き加減に調理され、黄身が崩壊寸前のまま時が止められたトロットロのフライドエッグ、新鮮で香りの強いオニオン、トマト、それらを挟む上で最も適した空気量を有したバンズ。まぁ、簡単に言うと、入ってるもの全部が美味い。このツアー中、アメリカ各地で数十個のハンバーガーを食べたが、これがベストでした。綿密に計算された世界で最も雑な料理、ハンバーガー。宇宙です。

[21:05]
さて、今日のオープニングアクトを務めるバンドの演奏が始まった。ギター、ドラムの2人組みでありながら、ループサンプラーペダルをセンス良く使っており、2人であることを微塵も感じさせない演奏だ。小さなコンボアンプを大きなスピーカーキャビネットで鳴らす音作りもユニークで興味深い。

[22:00]
そしてMONOの演奏が始まる。言わずもがな、激情的でありながらも安定した演奏で始終トラブルは無い。ツアーも残りわずかというところまで来ているのに、集中力は途切れず、熱量やクオリティは高いままに保たれている。ステージに近づけば近づくほど、プロミュージシャンとしての意識の高さをひしひしと感じるライブだ。

ふと、天井に何かしらの気配を感じた。あの”しらたき”が光ってる!!あれ、しらたきやない!光ファイバー的なやつや!!そう、天井に絡みついていた謎のひもは、ヴェニュー独自のアイディアが込められた照明の一部だった。光源から複雑に伸びた光ファイバーがネオン管のように美しく輝いている。綺麗なんだか、綺麗じゃないんだか、独創的過ぎるわ。きっと感情にストレートなことをした結果なんでしょうね。余計なことを考え過ぎている社会人には真似できないことだと思う。次のヴェニューはアメリカを離れてメキシコ。シカゴの空港まで移動して、そこから飛行機に乗り込む。タフな1日になりそうな予感…

※vol.12に続く
『世界のヴェニューから』バックナンバー

Photographs by Yuichiro Hosokawa
MONO Official Website