ある時はエフェクターを偏愛するライター、またある時はフォトグラファー、そしてまたある時はバンドとともに世界を飛び回るギターテック、細川雄一郎。今回、日本のインストゥルメンタル・ロックバンド、MONOのギターテックとして北米〜南米ツアーに同行した筆者が、知られざる現地ライブハウスの様子や海外ツアーの実態を日記形式で綴ってくれました。ロサンゼルスからメキシコシティまで、全13回にわたる短期集中スペシャル連載スタート!

今日のヴェニュー“The Waiting Room Lounge”

[6月26日 18:00]
デカくね?しかし、これでもまだミディアムサイズであり、この上には更に巨大なラージサイズがあるという。今日は移動日も兼ねた休日で、ショッピングモールの中にある「Daily Queen」のディップド・ソフトクリームを食べていた。てんこ盛りソフトクリームを冷凍庫で急速に冷やし、それを溶けたチョコレートの沼にぶち込むと、このようなアラレちゃん状態になって沼から出てくるのだ
今日のような移動日に余った時間があると、メンバーやクルーそれぞれが自由気ままにやりたいことをして過ごす。メンバーのTakaさんはラップトップPCで曲を書いたり本を読んだり、Tamakiさんは外でストレッチをしたり部屋でゆっくり過ごしたり、Yodaさんは映画を見に行ったり外食したり、そしてTakadaさんは僕が行きたいところに付き合ってくれたり、逆にどこかへ誘ってくれたりする。今日も市内を走るバスで大きなショッピングモールへ向かい、なんとなく土産品を物色したりしていた。

[6月27日 14:15]
日付が変わり、翌6月27日。長い移動を経て、バスはヴェニューの脇に停まった。今日のヴェニューはネブラスカ州の中心都市、オマハにある「The Waiting Room Lounge」だ。MONOも以前に何度か出演したことのある老舗のヴェニューらしい。

[14:30]
今日の搬入は17時の予定。まだまだ時間はある。ありすぎる。ベッドの上でこのまま打ち揚げられた魚類のような状態を維持してもいいが、それにも限界はある。バスの窓から見える外の様子はいかにも暑そうだったが、意を決して外に出てみると、ヴェニューの周りは典型的なアメリカの街の様相で、90年代のアメリカ映画のような雰囲気だ。

[16:30]
あてもなく辺りをウロつくも収穫は何もなく、ヴェニューに戻って来ると、ツアーバスの電源がヴェニューのコンセントに繋がれていた。こういったバス用の電源を備えたヴェニューは多く、この状態であればエンジンをかけていなくても車内の電源を確保することができる。

[17:45]
ヴェニューの入り口が開き、やっと搬入ができた。既に重いものへの耐性が体にしっかりと備わっており、30kgぐらいの機材なら何の苦もなく持ち運べるようになっている。重さの感覚が狂っている、とも言う。今日のヴェニューはその名前にもある”Lounge”が示す通り、リラックスできる空間を目指して作られたような、天井の高いヴェニューだ。

バーカウンターも洒落ていて、様々な種類のドリンクが用意されている。写真にもある通り、ビールだけでもかなりの種類が飲めるようだった。お酒好きなTamakiさんが喜びそうだ。

そして、その大量の酒類の上には4本のギターが飾られていて、それぞれに誰かのサインがしてあるようだった。丁度バーカウンターにいた青年、自称”ジョン”にそれぞれのギターについて聞いてみると、ジョニー・マーがサインしたジャガー、リー・ラナルドがサインしたジャズマスター、J.マスキスがサインしたジャスマスター、そしてカントリー界では有名な”なんとか”さんがサインしたグレッチだということだった。それぞれがこのベニューでライブをした際にサインをもらったとのことだ。

[19:15]
今日のオープニングアクトを務めるバンドがサウンドチェックを始める。ギターが2人(そのうち、1人はシンガーを兼任)、ベースが1人、そしてドラムが2人。大所帯のバンドで、いい具合に力の抜けたポップソングを披露している。ギタリストの1人は1970年代に作られたFender Twin Reverbを使っていたが、搭載しているスピーカーは2つともヴィンテージの”JBL D120F”だった。これはジェンセンやセレッションのものなどにはない優れた周波数特性と、アルテックやエレクトロ・ヴォイスなどにはない音の滑らかさを備えた、僕がこよなく愛するスピーカーの1つで、音の趣味が合うtoeの美濃さんにプレゼントしたこともある。

[23:15]
今日も何一つ問題なく、オープニングアクトの転換からライブ終了までが進んだ。MONOのメンバーは演奏を終え、TakaさんとYodaさんはギターを椅子の上に置いて、一礼してステージを去る。そして、ファンによるステージ上のセットリスト争奪戦が始まり、同じくファンによるペダルボードの回覧会が終わり、ステージには出番を終えた楽器だけが残る。いつもと変わらない光景だった。

[23:50]
搬出がスムーズに終わり、ヴェニューにあるシャワーで汗を流した。普段であればすぐにでも次の都市に向かうのだが、今日は珍しく時間が空いていた。一杯やるべくヴェニューのバーカウンターへ向かうと、そこでは既にTamakiさんが何杯目かのカクテルを飲んでおり、残ったヴェニューのスタッフと何かを話し込んでいた。

バーカウンターの周りには過去にこのヴェニューで行われたライブのポスターが多く飾られていた。ものによってはメンバー本人たちのサインも添えられている。1970年代からあるヴェニューだけあって、様々なバンド、ミュージシャンがここを訪れているようだ。まだヴェニューに残っていた自称ジョンと、2人の仲間たちが、それらのポスターを見ながら解説してくれた。

普段はライブ終了後にヴェニューガイたちとゆっくり話す時間はお互いに無いのだが、今日は地ビールを片手に様々な音楽の話を聞くことができた。ありがとう、ジョン。そしてその愉快な仲間たち。バスはアイオワシティに向けて、結構なスピードで走り出した。ドライバーのトミーは、時々心配になるぐらいの飛ばし屋である。

※vol.11に続く
『世界のヴェニューから』バックナンバー

Photographs by Yuichiro Hosokawa
MONO Official Website