熱心な読書家なのに、映画鑑賞は年に数回(DVD含め)だというQOOLANDの平井拓郎が、邦画界では鉄板のジャンルでもある「胸キュン映画」を自腹レビュー。第一回目は『ピーチガール』をセレクトしました。
『ピーチガール』の巻
音楽を作る人間は映画好きが多いように感じます。ジブリ好きなバンドマンも多いイメージです。
ですが僕は普段映画を全然観ません。DVDも観ませんし、注目作も観に行きません。
映画嫌いとかではないのですが、あまりわからないのです。
音楽や本、舞台には大好きな作品がたくさんあります。しかし、これがこと映画になると途端に僕の感受性は反応してくれません。映画不感症なのでしょうか。
最近観たのは『るろうに剣心』『バクマン』『スティーブ・ジョブズ』です。
これらを観に行ったのは「映画ファンだから」ではなく「そのコンテンツのファンだから」という動機なので、「映画ファン」とは言い難いでしょう。
そして僕はこの「映画が好きくない」という性質に少しコンプレックスがありました。「芸術的感性の乏しいのやつ」という気がしてくるのです。
一度このコンプレックスを克服しようと、映画評論家の方に相談したことがあります。
「俺も映画フリークになりたいんですけど、なんかいい映画ありますか?」
「すげー名作あるから観に行こうや。パニック映画の最高傑作やねん。絶対おもろいから」
というやりとりの末、『タワーリング・インフェルノ』という70年代の歴史的名作を観に行きました(2時間45分の大作)。
結果としては、眠気に耐えるのに必死で何も覚えていない。というありさまでした。ありえないほどビルが燃えまくっていた記憶しかありません。
そんな思いつきの挑戦は音を立ててボキッと折れました。
でも少し考えたのですが、それもそうだなと思うんです。
たとえば、かいけつゾロリを読み始めたばかりの幼稚園児が、ドストエフスキーやトルストイの良さなど分かるわけがありません。
J-POPやトランスしか聴かない渋谷のクラブギャルに、ゴリゴリのプログレやメタルの名盤は響かないでしょう。
ピカソやカンディンスキーの絵も同様です。
芸術やカルチャーには好みもありますが、「受け手の体力」も必要です。特に歴史的名作はそう思います。
成り立ちや時勢や当時の技術も含めて感動するには、相応の知識も必要でしょう。
僕も最初はレッチリやスリップノット、クラッシュの良さなんて分かりませんでした。でも、少しずつ分かるようになったのです。
【MONGOL800→SUM 41→GREEN DAY→クラッシュ→ジューダス】
というように、徐々に慣れてきました。
おかげさまで僕は今やクラッシュが大好きです。
さて長くなりましたが、今回「映画のレビューやれよ」というお話をいただきました。
これまで書評やコラムなんかを書いてきたので、立てて頂いた白羽の矢なのかもしれません。
ありがたい話です。嗚呼、これが「映画」でさえなければと思いました。
初夏のある日、担当さんに呼び出されました。気が重かったのですが、お話だけは聞きに行きました。
やっぱり話も聞かずに断るなんて、ちょっと嫌なやつじゃないですか。
「いや、俺映画だけはムリなんです。特にレビューとかゼッタイ無理! じっとしてらんないし、外人がみんなブラピに見える病気やから」
「うん。病気ならしかたないね。じゃあ女子高生ターゲットにしている映画とかならどう? ほら、こういうやつとか」
僕のイヤイヤ思考がピタリと止まりました。
担当さんが言っているのは、いわゆる胸キュン映画というやつらしいです。
(うーむ。胸キュン映画とかならもしかしたらいけるかも……)なる考えが脳裏をよぎりました。
胸キュン映画のことはよく知りませんが『タワーリング・インフェルノ』と比べたら「受け手の体力」がいらないのは明白です。
「あ、これならなんとかなるかもしれません。もしかしたらやけど」
「おっけ、それじゃとりあえず観に行ってみよ」
そして僕は少女漫画原作の『ピーチガール』を観に行くことになりました。
「あたいギャルみたいな見た目だけどじつはピュアなんよ!」という女の子がキャイキャイする内容だそうです。歴史的名作とかよりもしんどくなさそうじゃないですか。
とりあえず担当さんに紹介された映画館にやって来ました。
場所は渋谷の端にあるヒューマントラストシネマ。オシャレの巣窟みたいな建物でした。
「ピーチガール」は累計1300万部超えの人気少女漫画が原作なのもあり、客層のほとんどは女子高生でした。二人組が多いのが目立ちました。カップルは少なめ。
男の客は四つ葉のクローバーぐらいの割合でした。
僕は薔薇の柄で、ギネスのTシャツという断末魔のような格好で劇場に飛び込みました。
とりあえず基本だと思ったので、ポップコーンとコーラを購入。こういうの大事ですね。
2時間オーバーの大作だったのですが、結論から言うと
ふつうに面白かったです。
いや、映画フリークの方や原作を読んだことがある人はどう思うのか分かりません。映画としての文化的な価値も判断できません。僕には面白く感じました。
少なくとも僕の中のレビューランキングは『タワーリング・インフェルノ』より上位に食い込んできます。
平たく言うと「主人公の女の子が、男A、男B、どっちの男とくっつくのやら!それを友達の性悪女が邪魔したりする!」という映画です。
主人公の女の子
男A
男B
友達の性悪女
ですが、この「邪魔したりする」がハンパじゃありません。この「邪魔」が本作のキモと言えるでしょう。
※※※以下ネタバレあり※※※
女子高生の「邪魔したりする」なんて、「悪いウワサを流す」とか「ネットで悪口を書く」とかぐらいだとお思いでしょう。ですが、そんなレベルではありません。
「大人の男に頼んで主人公を拉致させる」ぐらいのことをバリバリやってのけます。ウシジマくんも真っ青なダークっぷりでした。
まず主人公のスマホをハッキングして、彼氏に「私もうひとり好きな人がいるの。今日はそっちの人と過ごすことにするわねん」と偽装メールを送る。
↓
拉致した主人公を男にひんむかせて、素っ裸にする。
↓
彼氏に「あの娘、ホテルに男と入ってったわよ」とチクリ、共に現場に駆けつける算段を計る。
↓
一緒に突入して信用を失わせ、心的ダメージを負わせる。
というものでした。
けっこうありえないほど悪いと思いました。「胸キュン映画」どころかズキリとしました。
しかし面白いのが、性悪女がちゃんと後半で痛い目に合うのです。
拉致教唆に手を染めた彼女は、なんと人身売買にかけられそうになります。勧善懲悪のカタルシスがここにあります。
物語の中盤で性悪女は男Bの兄貴に言いよられるのですが、この兄貴が超極悪のロクデナシでした。
先物に手を出して、多額の借金があった兄貴は性悪女を外国に売り飛ばそうとします(しかも別の人と婚約中)。
文章にするとサラっとしていますが、「外国に売り飛ばす」って相当キツイです。まだ「指を詰める」とか「夜の店に沈める」とかの方が救いがあります。
一度売られたら帰国は困難でしょうし、国外となると警察の捜査の手も行き届かない可能性が高いです。
なんていうか、僕が思っていたよりもけっこうハードコアな映画だったのです。
「恋愛だらけの胸キュン映画! 5分に1度、巻き起こる恋の事件!」という触れ込みでしたが、事件がマジでした。しかしその犯罪シーンが独特のスパイスになっているのも事実です。
ストーリーの軸は「因果」にあると感じました。勝手に感じていました。
本作は色恋という10代が興味を持ちやすいフィルターを通して、「いいことも悪いこともやったら自分に返ってくる」というテーマをひしひしと伝えてきます。
インドではもともと業と輪廻の思想が広く行き渡りましたが、他の国々も受容出来たかと言うと、そうではありません。
これは世代に関しても当てはまります。因果の真理を悟るには年月がいります。30代、40代になり人生の半生を通し、ようやく知るものです。それらはまだ10代という世代では受容できないヘヴィな感覚です。
胸キュン映画『ピーチガール』は「恋愛」という言語を通じて、「すべての行動が、後の運命すべてを司る」という法則を10代に語りかける秀作でした。
良いことをすれば良いことが訪れ、悪に手を染めれば自らの身を焼くのです。
なんだか道に落ちているゴミでも拾って帰りたい気持ちで帰路に着きました。
文・平井拓郎(QOOLAND)