全3回に渡ってお届けしてきました「新時代の映像制作講義(マルチスクリーン技法)」も今回が最終回。8月某日、2ヶ月に渡る実習の成果を披露する「ファーストピクチャーズショー」が開幕しました。月曜日から金曜日まで、それぞれ異なったテーマで計14作品を発表しました。最終回では、マルチスクリーンの学生作品をお披露目。さらに、学んできた知識や技術をしっかりと自分のものにするために大切な「振り返り」の効果的な方法についても解説します。

みなさんこんにちは。実習をスタートしてから早2ヶ月。マルチスクリーン技法の理解からチームでの役割を意識したコミュニケーションを身に付け、伸び伸びとした関係性の中で活発に話し合われる企画会議を経て、撮影に向けてのプロトタイピング。そして毎日遅くまで取り組んだ本撮影などなど、あっという間の2ヶ月間が過ぎました。

いよいよ完成映像作品のお披露目です。

当校では毎年夏休み前に「ファーストピクチャーズショー」を開催しています。東京映画映像学校の学生たちが、入学してから夏までの成果を発表するイベントです。入学当初はカメラやパソコンに触れたことさえなかった学生も、今では立派なクリエイターの卵です。

このファーストピクチャーズショーは夏までの学習のまとめであり、自分の作った作品を他者に見てもらい評価される初めての舞台となります。

数十名のお客様の前で自分の作品を発表。皆緊張した面持ちでステージに立ちます。

来場者は鑑賞後に全作品から2つ、良かった作品を投票します。作品は作って終わりではなく、評価を受けとめることがプロの入り口です。

この連載では、金曜日の課題である「マルチスクリーン」の作品をご覧いただきます。

Aチーム 作品名『Dora’s(ドラーズ)』

バーチャル世界で遊べる架空のアプリケーションPRムービー。

オープニングタイトルの見せ方や、ボールが飛び交うシーン、双六の演出はマルチスクリーンならではの面白さが出ています。現実とバーチャルが実はリンクしていた、というちょっとホラーなオチ。

Bチーム 作品名『AgentNinja』

各地に散らばった5つのリングを求めて、東京の名所を忍者が次々に移動していきます。横に並べたスマートフォンを行き来すると、様々な場所をワープできる演出。スマートフォンを組み合わせて背景を広く見せるなど、マルチスクリーンの特徴を活かした作品と言えます。

Cチーム 作品名『MARBLE』

“捕らえられた仲間(ビー玉)を助けるべく、主人公(ビー玉)が冒険する”という高難易度の撮影に挑んだCチーム。人物が登場するのではなく、いわゆる「ブツ撮り(物体を撮影する)」という手法は照明や背景の作り込みも難しく、さらに思い通りにビー玉を動かさなければなりません。ブロッコリーで森を表現するなど、随所に工夫が見られる、温かみのある作品になりました。

どの作品もプロの視点から見ればまだまだ未熟な点も多いですが、全くの素人だった学生が2ヶ月でここまで作ることができました。日々の努力はきちんと活かされていると思います。この数ヶ月で得られるものはたくさんあったはずです。どんなプロジェクトでも、完成前の修羅場を必死で乗り越えて納品したあとは、気が抜けてしまいがちです。振り返りをきちんとやることで、勉強したことをきちんと血肉にできるのです。

特別講義最終回では、この「振り返り」の技法をお伝えします。

大切なのは「正しい振り返り」

通常、振り返りと聞くとざっくりと「あのプロジェクトはどうだった?」という感想戦になってしまいますが、それでは不完全です。振り返りの方法として有効なやり方として、高井の授業では「KPT法」を参考にした手法を実施しています。

KPTとは、Keep/Problem/Tryを略したもので、プロジェクトを

K : Keep できたこと・うまくいったこと。これからも続けること
P:Problem できなかったこと・うまくいかなかったこと
T:Try 次にやってみたいこと

3つの観点から考える方法です。
漠然と全体を反省するのではなく、「Keep & Problem = 過去の出来事を良い・悪いの2方向から見直す」+「Try = 未来に活かす材料を探す」というねらいを持って振り返りをすることが大切です。

さらに当校の授業では、1つのプロジェクトを「企画段階」「撮影段階」「完成後」の3つの段階に分けて、それぞれを上記のKPTで書きだしていきます。(図参照)完成した作品のことだけでなく、制作プロセスにおいても自分の行動をじっくりと振り返ります。物事は「分ける」と「解る」という基本を覚えておいてください。

漠然と振り返るのではなく、時期と視点を明確に「分ける」ことが大切。

「ダメ出し」の危険性。幻の失敗に惑わされない

シートの記入が終わったら、チームメンバーとお互いの振り返りシートを見ながら情報共有のディスカッションを繰り広げていきます。ここで大切なのは「人に言われた”良かったところ(Keep)”を自分のKeep欄に追記する」ということ。そして「ダメ出し合戦にしないこと」です。

自分では気づかなかったところや自然とできていたことが、他人から見たらすごいことに見えることは多々あります。自分がデキる人かそうでないか、というのは自分だけの判断ではわからないことも多いもの。なので他者に評価をしてもらうのです。少しでも褒められたことはたくさんKeep欄に書いていきましょう。

そしてKeepから派生したTryを増やしていくことで、自分のできたことから次のステップに行く準備ができるのです。

しかし、往々にして陥ってしまうのは「Problem」ばかりが出てきてしまう事。学生に関わらず、みなさんにも言えるかもしれません。今回の学生の自己ダメ出し=Problemに書かれたことを分類すると、「金の問題」「技術力の問題」「時間(※)の問題」「行動力の問題」の4つに分かれます。

実は、前半3つ(金・技術・時間)は学生の期間ではさほど重要ではありません。

(※納期は守る事が絶対なので、ここでの時間とは撮影日程や香盤上の時間(雨が降ってきて撮れなかったなど)のことです。)

例(金の問題):お金が足りなくて役者を雇えなかった、ロケ地が仕込めなかった、衣装が持ち寄りだった

学生の間は仕方がないことです。

例(技術力の問題):技術がなくて撮影が下手だった、照明のやり方がわからなかった

入学してまだ2ヶ月。技術の授業自体もまだ途中です。

大切なのは「行動力の問題」です。

つまり、「考え抜くことができなかった」「逃げてしまった」「さぼってしまった」「やっつけた」などが該当します。行動力の問題は明日からすぐに改善できます。

これら「さほど重要でない問題」を取り除くと、Problemはあまり多くないことがわかってきます。真面目な学生の傾向として「振り返りをして、反省して、しっかり取り組みます!」という姿勢が見受けられますが、多くの場合は「失敗しないようにダメなところを直そう」となりがちです。

それは成長のためにはさほど意味がありません。大切なのは成し遂げたこと、つまりKeep欄に書く事ができたことです。それらは自信のカケラであり、これからの行動力の素になります。

ダメ出し(しかも多くは仕方のないダメだったこと)に捉われてしょんぼりしてしまうより、褒められたこと、うまくいったことをもっと伸ばしていく。モノを作ることへのワクワクを加速させるために過去を知り、未来へ挑む。これが正しい振り返りの方法なのです。

KPTを軸に振り返りシートを記入し、お互いで話し合う。お互いのシートを見せ合うことで自分では気がつかなかった意見をもらうことができる

ディレクター座談会

ファーストピクチャーズショーを終えた翌日。金曜日課題の3作品それぞれの監督に集まっていただきました。生まれて初めて自分の作品で他人からの評価を得た監督たち。マルチスクリーン技法と出会った感想や制作の舞台裏を座談会形式でお届けします。

(写真中央)Aチーム 山本恭介監督
(写真右)Bチーム 浜崎洸矢監督
(写真左)Cチーム 高橋優作監督

ファーストピクチャーズショー、お疲れ様でした。

全員:おつかれさまでした!

まずは金曜日課題を作ってみて、率直な感想を聞かせてください。

山本:僕はこの学校に入学する前、「どんなの作るんやろ?ドラマとかやるんかなー」とかある程度想定していたんですけど、スマートフォンとか新しいモノを利用した作品で、しかもマルチスクリーンなんて知らなかったので、「こういう表現あるんや!」と驚きでした。新しい試みというのがとにかく好きで、作ること自体が楽しかったですし、難しさもわかりました。

高橋:たしかに。こういうことができるんだ、という新しさを感じましたね。ディレクターをやっていて「あれもできそう、これもできそう!」という想像が膨らみました。

浜崎:監督をやらせてもらえてすごくよかったです。でも、うーん・・難しかったの一言ですね(笑)マルチスクリーンの良さを引き出して、それを作品にしようとがんばりました。でも、マルチスクリーンの理解がまだまだ足りなかったかもしれません。

山本:それ振り返りの時も話したよなー。技法を理解してから進めないとダメだねーみたいな。

高橋:今回はマルチスクリーン技法を使う課題、ってあらかじめ技法が与えられて作品を作ったけど、今後さ、例えばミュージックビデオとかを作る時に技法を理解していないと企画アイデア自体が出てこないよね。いろんな技法を知っておかないと、これはマルチスクリーンの方が向いてるな、という判断がつかない。

ーーまさにその通りだね。じゃあマルチスクリーン技法はどういうところでその面白さが出るのかな?

山本:やっぱり画面がつながるってところじゃないですかね。全く別のものを再生しているのに、並べて観ると繋がっているっていう。別々のものが連動するという点が一番面白いんだろうと思います。

浜崎:編集で別々の画面を割って並べる「マルチ画面」とは違うよね。スマホを並べた場合だと、画面自体を人の手で動かせるし。

高橋:マルチスクリーンの気持ちよさというのはやっぱりあると思う。デジタルなんだけどアナログの部分がある。そこに気持ちよさがあると思うなあ。

浜崎:うちのチームは現実の世界とデバイスの中身が連動しているのが面白いところだと思って、そこを重要視して作りました。

授業の最初の方に、まずは試しにスマホを並べて簡単なものをプロトタイピングしたよね。あれはどうだった?

山本:講義を聞いてて「スマホなら自分たちでもできそうやな」と思いました。で、実際にやってみるとめっちゃ盛り上がりました。

浜崎:うおー!ってなりましたよね。

高橋:動きがつながったときにすごい!と思ったのと、これは本当にいろんなことができるぞ、と思いました。なので、さあどうしようと(笑)バッと可能性が拓けた感じです。

浜崎:単純な1画面とは違う何かを感じましたね。

山本:うん。でも、同時にプレッシャーやったわ。それを超えないといけないなと。最初の授業では特に具体的なやり方を教えてもらっていなくて、まずいろいろ試してみようという感じやったやないですか。それでも画面をつなげることは簡単にできたので、技法自体は誰でもできるんやなと。作品にするときにはもっと複雑にしないといけないのかなーと思ってしまいました。

なるほど。誰にでもできそうだからこそ誰にもできないことをやりたかったわけですね。では今回の作品のねらいはどんなものでしたか?

浜崎:現実と映像の連動感を大事にしてたのと、技法をいろいろと試してみて、違う場所にワープできる感じがすごくいいと思ってました。その面白さを狙って東京探検にしました。

高橋:ねらいはコミカルさです。スマートフォンを並べたときの動きとして、横に行ったり上下にいったりするのをやりたかったんです。なので、人物よりもモノを動かすほうがコミカルな動きに見えるのかなと思いました。

山本:ちょっと複雑に考えすぎちゃったかもしれませんが、スマホが日常になった現代では現実とネットの境目は無いよねという意識があったんです。「ネット空間での出来事は現実にも影響はあるよ」というメッセージを込めました。

高橋:だからあのラストシーンなんだね。

山本:そうなんよ。あと、メンバーから全員で参加したいという意見が出たので、オープニングで全員が行き来するシーンができました。

撮影を振り返って思うこととか、これからやってみたい人にアドバイスはありますか?

浜崎:マルチスクリーンは素材撮影と本撮影の2段階なので、どうしても素材撮影に比重を置いてしまいがちでした。素材撮影の時点で再撮影とかを繰り返していたら、全体のスケジュールがなくなってしまいました。本撮影の期間をしっかり確保して、十分な練習とか準備をすることが大事でした。

山本:プロデューサーの判断はホントに大事でしたね。どのチームのプロデューサーも頑張ってたと思う。

浜崎高橋:うん

山本:Aチームは他のチームに比べて完パケの尺も長いんですが、コンテの段階ではボリュームがもっと多くて。プロデューサーが絶対間に合わないよと指摘してくれていたんです。

高橋:本撮影でどう撮るか、というのをしっかり決めるのもすごい大事ですね。

山本:そうそう、本撮影では何秒でこのスマホを動かして、次にあっちのスマホをこっちに・・というのをしっかり考えなければいけなかったです。ディレクターとしては、背景の演出とかカメラワークとか画面の画作りだけじゃなくて、動きの時間計算をちゃんとやらないといけないことに気づきました。

高橋:「4秒でこれ出るから準備して、そのあとまた10秒で次だから!」みたいなチームワークが大事だったね。

山本:かっちり決め込まないと絶対うまくいかないです。やりながら奇跡を待つな、とアドバイスしておきたいです。現場のノリで奇跡的にうまくいく、なんてことはない!しっかり決め込んで練習してから本撮影!

浜崎:そこに気づくのが我々は遅かったかもしれませんね。

■プロフィール
高井 浩司(たかい ひろし)
1980年4月14日生まれ。映像制作会社経営を経て2013年8月より「ガレージ」を屋号として独立。科学技術×文化をテーマに映像・雑誌編集・イベント運営・電子工作などアウトプット不問で活動中。東京工芸大学芸術学部 インタラクティブメディア学科 非常勤講師。TMS東京映画映像学校 講師。
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