ふらりと街を歩いてみると、交差点には街頭ビジョンが立ち並び、行き交う人はみなスマートフォンを手にしている。駅構内の柱には縦型のスクリーンがびっしり。映像を記録できるデバイスは爆発的に増え、画質もプロ機並に向上した。誰もが映像を手にすることができる現代、もはや映像コンテンツはテレビや劇場だけのものではないのだ。このコーナーでは、TMS東京映画映像学校の講師、高井(ガレージ)の授業風景を追いながら、新時代の映像表現の面白さ、そして「もの作り」のあらゆる場面で役に立つ、目からウロコの方法論をお届けしよう。

みなさんはじめまして。ものづくり界のよろず屋ことガレージ高井です。
さて、僕がTMSで担当しているのはスマートフォンやタブレットなどのデバイスを組み合わせた「マルチスクリーン」という手法と、作品制作を通じて「ものづくり」の本質的な力を鍛えることです。

この連載では彼らの制作過程を「#1 企画編」「#2 撮影編」「#3 完成編」の3回に渡ってご紹介。

映像制作のみならず、ものづくりにおいて多くの若者が抱える「チーム制作がうまくできない!」「なにから始めればいいかわからない・・」といった悩みにも役立つ特別講義です!

第1回の今回は「企画編」

さっそく「マルチスクリーン」とはどんな映像なのかを御覧いただきましょう。

Brunettes Shoot Blondes – Knock Knock (Official Music Video)

いかがでしょうか。映像デバイスをつなげることで、現実と映像がリンクしたような不思議な世界が広がっています。これまでのTV番組や映画では、1つの映像が1つの画面の中で完結するだけでしたが、これからの映像表現はもっと自由でいいんです。画面の枠を飛び越えて現実とコラボレーションできること。これがマルチスクリーンの魅力です。

課題ではこの手法を使った作品をチームで作ります。今期の学生数は16名。3チームに分かれて6月~8月の2ヶ月間、いよいよ作品制作のスタートです!

Aチーム(6名):いつも明るい雰囲気が特徴のチーム。ノリ始めると脱線するまで盛り上がる。

Bチーム(5名):キャラが濃いメンバーが集まる。個性のぶつかり合いをどうまとめるか。

Cチーム(5名):比較的おとなしいメンバーが集合。しっかりとアクセルを踏まなければならないかも?

チームづくりの秘訣。「役割」を演じ合う。

メンバーも決まり、いざ課題制作に突入!・・なのですが、チーム制作というのは、ただ人が集まるだけだと必ず失敗するんです。最初はみんなやりたいことが頭の中にあって、あーでもないこーでもないとイキイキ相談をします。で、だんだんドロドロとした人間関係の問題に発展します。
最終的には講師のところに来て「あの人が何もしてくれない」「あいつの言うことなんて聞きたくない」「自分でやったほうがマシ」とか言い出す。
そしてなぜか「作品はダメだったけど、僕たち付き合うことになりました☆」と恋愛に収束する。おいお前らちょっと待て。

従来のチーム制作とは、仲間との相性で質が変わってしまうものでした。
気の合う奴らと組んで、お互いに似たような”好きなもの”を持ち寄ってワイワイやる・・それが理想形に見える。でもそれじゃ全然ダメなんですね。
我々プロの世界では、現場で一緒に仕事をするスタッフの人間性やプライベートを知らなくてもプロジェクトは必ず成功させなければならないんです。
お互いがそれぞれ専門的なスキルを持っていて、人間性もバッチリ合う!よし!お前俺の船に乗れ!・・そんな奇跡はそうそう起こらないですってば。ワン○ースじゃあるまいし。
では、チームづくりの秘訣は何か。それは「役割を演じる」という考え方なんです。

映像制作における「役割」とは大きく分けて3つ。

・演出(ディレクター):企画を映像にするために「どう表現するか」に責任を持つ
・撮影(カメラマン):監督の表現を「どう撮影したら実現できるか」に責任を持つ
・制作(プロデューサー):企画自体を「現実のものにするためにはどんな段取りを組むか」に責任を持つ

それぞれの役割は企画実現のためのものであって、責任を果たすために意見を出すんです。つまり「監督だからわがままを言える」のではなくて、「監督としてこの企画はこんな表現にするべきだ」と意見する。

で、カメラマンは「俺の得意な撮影方法をやらせろ」ではなくて、「このシーンはこんな撮影方法なら監督の表現が実現できるよ」と意見する。
プロデューサーは「自分がボスだから言うことを聞いて働け」ではなくて「納期に間に合わせるにはこの日に撮影をしないとダメですよ」と引っ張っていくわけです。それぞれの役割で誰が偉い、なんてこともないし、彼らはプロジェクト上「監督役」「カメラマン役」「プロデューサー役」をやっているだけなので、そこに人間性は関係ないんです。お互いが役割の上で意見したり行動するので、ギクシャクすることなんてありません。

【自分の役割を理解して、その役を演じること】これがチーム制作の秘訣です。

人間性でチームを組むと、自己(自分) VS 自己(他者)の関係になるのでツラくなる。役割を演じ合うことでチームはきちんと機能する。

TMSの学生たちは6月の初旬から「役割」についてしっかり意識して取り組んでいます。年齢も経験も個性もバラバラのメンバーですが、ムダなケンカは起こらずに進んでいるようです。

アイデアを加速させる魔法の言葉 “外在化”

アイデアを出す時、みなさんはどんなやり方をしていますか?

【アイデアあるある 1】
一生懸命考えて、考えて考えて。あーでも思いつかないや。1日経っちゃったけど企画書は真っ白だなー・・よし、寝よう。今日はダメだ。アイデアの神が降りるのを待とう。(締め切りまで繰り返し)

【アイデアあるある 2】
今日はメンバーで集まってそれぞれ宿題にしていたアイデアを持ち寄る日だ。よーし渾身の企画書をみんなに見せて驚かせよう。・・・あれ?なんかうまく伝わってないな。いやいやそういう意味じゃなくて、俺は必死に考えてこのアイデアなんだけど、誤解されて変な方向に行っちゃったぞ?ていうかあいつの企画書も全然意味がわかんないよ。

どちらもよくある話ですね。「アイデアが出ない」「人にアイデアが伝わらない」これらを解決してくれる魔法のツールが「外在化」なのです。

外在化、とは頭のなかにあることを表に出すこと。映像コンテンツなんてそもそも言葉ではないので、どんな表現をしたいか、などを手ブラで語り合ったところでお互いに理解はできないんです。なので、どんな些細なことでもいいから紙に書き出します。書き方は自由。イラストを書いてもいいし、擬音で表現してもいい。とにかく目に見える形に書きだしていきます。議事録ではないので、話の流れをメモする必要はありません。特定の書記係を設定するのではなく、全員が自由に書き込むこと。

外在化の様子。打ち合わせではどんな些細なことでも紙に書き出していく。ポイントは全員で同じ紙に書くこと。

そうすると、同じことを話し合っていても受け取り方が違ったり、お互いに何がわかっていないのかが見えてくるようになります。些細な意見も書き出しておくと、それが別の意見と組み合わさって素晴らしいアイデアに変化することもある。声の大きな人が周りを引っ張りすぎてしまう、ということもなくなります。そして、考えたことをその場ですぐに紙に書き出していくことで、丸1日考えたのに手元に何も残らない、という事態も防げます。

【考えた痕跡を残すことが外在化。それはコミュニケーションツールにもなる】

ブレたら負け!企画の3種の神器「コンセプト」「テーマ」「モチーフ」

こちらは企画会議の様子。

外在化しながら話し合い、企画の骨組みを固めていきます。
今回の課題テーマは「マルチスクリーン技法を使った10分以内の映像を作る」というもの。技法の縛りはあるけれど、その中で何を表現してもOK。まず考えるべきはコンセプト。つまり見た人にどんなアクション(感動)を呼ぶかを決定しなければ先に進まない。

コンセプト、テーマ、モチーフ。これらを混同しがちなので解説しておきます。
飲食店に例えるとわかりやすいです。

例えばあなたが飲食店をオープンしようとします。どんな店にしましょうか?
「好きな人に告白するのに使いたい店」?それとも「仲間とワイワイ騒げる店」?
最終的に届く相手(お客さん)にどんな体験をしてもらうか。これが「コンセプト」です。

次に「テーマ」。これは簡単。和食?洋食?中華?ということ。ジャンル、と言い換えてもいいかもしれませんね。
多くの人は「コンセプト」と「テーマ」を混同して捉えているんです。

そしてモチーフ。例えばテーマが「和食」ならば、どんな魚を使おうか。刺し身か煮付けか。「洋食」ならチーズや美味しいワインがあるとイイかもしれない。つまり飲食店で言えばモチーフとは「食材」「調理法」のこと。

企画を考える際にとても重要なのは「コンセプト」です。「テーマ」も「モチーフ」もコンセプト次第でどのようにも変えることができるし、逆に言えばコンセプトが固まっていなければ、テーマもモチーフも決まらないままブレ続けてしまいます。企画会議が失敗してしまう大きな原因として、コンセプトが定まっていないことが大きいんです。

コンセプトがブレる会議の例

A「この店はデートに使える店にしましょう!」
B「なら和食より洋食がいいかもしれませんね」
C「なるほど。洋食ならやっぱり肉料理だよ」
D「肉料理いいですね。じゃあ男性ウケするガッツリしたものを」
A「え、デートに・・」
B「ああ、それなら宴会プランなんてどうです?」
C「海外のビールもたくさん仕入れてお祭りみたいな」
B「じゃあタイ料理なんかもいいですよね」
A「・・・」
D「あれ?この店のコンセプトって何でしたっけ?」
B,C「これならコンセプトは“お祭り”だね、ガッツリ居酒屋てな感じで」
A「違うものになった・・!」

極端な例え話にしましたが、よくある光景です。メンバー全員がコンセプトをしっかり握りしめておかないと、コンセプトがブレた途端に連鎖的にすべてのものが変わってしまいます。
映像で言えば、

コンセプト=視聴者をどうしたいか(泣かせたい、笑わせたい、ドキッとさせたい など)
テーマ=ドラマ、PV、CM、映画、などジャンル
モチーフ=何を撮るのか、どう撮影するのか。撮影素材や技法

ということになります。今回の課題ではモチーフ(素材・技法)の中でも技法が「マルチスクリーン」と決められています。
先程まで散々コンセプトが大事!モチーフは変えてもいい!とお伝えしていたのにおかしいですね。
これには理由があって、今回は「新時代の映像表現」を学ぶ機会でもあるので、まずマルチスクリーンという技法にはどんな可能性があるのかを理解して欲しい。その上で、何を視聴者に伝えるかを決めてもらう、という流れにしています。少々イレギュラーですね。

・コンセプト:チームで考える
・テーマ:チームで考える
・モチーフ:技法はマルチスクリーン、何を撮るかはコンセプトに基づいてチームで選ぶ

企画が固まり、それぞれの役割に応じて作業を進めていきます。最初の関門は「企画プレゼン」。TMSではプレゼンも本格的。プロになるための実践の場として講師も本気でチェックします。
それぞれのチームの企画概要はこちら。

【Aチーム】
タイトル:DoRa’s(ドラーズ)
コンセプト:2次元と3次元の融合を感じてもらう
テーマ:アプリPRムービー
モチーフ:現実と仮想現実(電脳世界のアプリゲーム)

電脳世界を体験できるアプリケーション「DoRa’s(ドラーズ)」で楽しむ様子をPRムービー仕立てで制作。6台のスマートフォンに映された映像はそれぞれの「DoRa’s世界」です。仮想現実の世界を行き来して、楽しいDoRa’sライフを送る様子をご覧ください。

【Bチーム】
タイトル:TOKYOプロモーションムービー 「Agent Ninja篇」
コンセプト:東京の魅力を世界へ発信する
テーマ:東京探検ショートムービー
モチーフ:忍者

東京に送り込まれた忍者スパイが、五輪のマークの5つの輪を探し、東京中を駆け回るストーリー。各地の名所を駆け巡り、東京の魅力を発信する。

【Cチーム】
タイトル:MARBLE
コンセプト:「成長」の喜び
テーマ:ショートストーリー
モチーフ:ビー玉

ビー玉に命を吹き込み、生き生きと動く姿を表現。いつもは臆病でいじめられている主人公ビー太が、とらわれた姫を助けるために旅に出る。道中で様々なものに助けられ、姫を助けることに成功する。内気な主人公が、葛藤を経験して自分の殻を破っていくストーリー。

どのチームも面白そうな企画が揃いました。次回は虎の巻その2「撮影編」。具体的な撮影のコツや、映像制作初心者必見のトレーニング方法をお伝えします。お楽しみに!

■プロフィール
高井 浩司(たかい ひろし)
1980.4.14生まれ
映像制作会社経営を経て2013年8月より「ガレージ」を屋号として独立
科学技術×文化をテーマに映像・雑誌編集・イベント運営・電子工作などアウトプット不問で活動中。
東京工芸大学芸術学部 インタラクティブメディア学科 非常勤講師
TMS東京映画映像学校 講師
http://garagewall.tumblr.com/

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